水戸地方裁判所土浦支部 平成元年(む)42号 決定 1989年4月27日
主文
本件申立てを棄却する。
理由
第一 申立ての趣旨及び理由
本件申立ての趣旨及び理由は申立人らの提出の準抗告申立書と題する書面に記載のとおりであるから、これを引用する。
第二 当裁判所の判断
一 本件記録及び被告人甲野太郎に対する覚せい剤取締法違反被告事件(水戸地方裁判所土浦支部昭和六三年(わ)第四四一号)並びに被告人乙川次郎に対する同被告事件(同支部同年(わ)第四一四号、同第四四六号)の各記録、当裁判所の事実調査の結果によれば、甲野太郎は昭和六三年一一月一六日、Aに対する覚せい剤の有償譲渡の事実で水戸地方裁判所土浦支部に起訴され、申立人らがその弁護人となり同裁判所で審理中であるところ、同事件の公判において右甲野は起訴事実を全面的に否認しており、現在右譲渡の際に同席していた者として検察官申請にかかる証人乙川次郎に対する検察官の主尋問の続行中であること、申立人らは同証人の尋問に先立ち、検察官に対し同人の司法警察職員及び検察官に対する供述調書のすべての事前開示を求めたが、検察官は同人の検察官に対する供述調書三通を事前開示したのみで、その余の開示には応じず、また申立人らは同裁判所に対しても平成元年三月二〇日付で同趣旨の証拠開示命令の申立てをしたが、同裁判所は職権発動をせず、さらに同月二四日の第四回公判期日においても反対尋問のためとして同様の証拠開示を求め、これに対しては同裁判所で検討中であること(なお右公判期日終了後、検察官に対する供述調書一通の開示がなされている。)ところで右乙川は、前記Aと共謀のうえ同人が甲野から譲り受けた覚せい剤をAに使用したという事実で、昭和六三年一〇月二九日水戸地方裁判所土浦支部に起訴され、同年一二月二六日覚せい剤自己使用の追起訴事実と合わせて懲役一年二月、三年間執行猶予の有罪判決を受け、同判決は平成元年一月一〇日確定したこと、そこで申立て人らは刑事確定記録法四条一項に基づき、同年四月一五日右事件の訴訟記録(以下本件確定記録という)。の閲覧及び謄写を、その保管者である水戸地方検察庁土浦支部保管検察官に対し請求したが、同支部保管検察官は同月一七日、右閲覧等を許すとこれによって前記甲野に対する刑事被告事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがあることを理由に、検察庁の事務に支障があるとしてこれを許可しなかったことがそれぞれ認められる。
二 刑事確定記録法は、その目的(同法一条)に照らして、刑事訴訟法五三条一項に規定する訴訟記録の公開の制度を受けて、主としてそのため記録の保管、保存及び閲覧に関する事項、手続について定めたものと解されるが、その四条一項は、刑事被告事件の訴訟記録の保管検察官は、請求があったときにはその保管にかかる刑事訴訟法五三条一項に定める訴訟記録を閲覧させなければならないとするものの、同項但書に規定する事由がある場合はこの限りではないとして、訴訟記録の保存又は裁判所もしくは検察庁の事務に支障のあるときは閲覧させないことができるとしている。
そして、右にいう「検察庁の事務に支障のあるとき」には、右記録を裁判の執行や証拠品の処分等検察庁の他の事務手続のために使用している場合のほか、当該訴訟記録を請求者に閲覧させることによって、その訴訟記録にかかる事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合も含まれるものと解するのが相当である。
また本件のように、確定訴訟記録の閲覧請求が、実質的には現に係属中の刑事被告事件についての証拠開示を目的とする場合には、前述のとおり刑事確定訴訟記録法が主として確定訴訟記録の保管、保存及び閲覧に関する手続を定めたものであって、刑事訴訟法の定める訴訟構造までも変えるものではないことからすれば、本来証拠開示の可否は当該訴訟の当事者の判断と裁判所の適正な訴訟指揮権の行使によって決せられるべき事柄というべきであって、その趣旨からすれば、訴訟当事者としては先ずその訴訟手続の中で証拠の開示を求めるべきであり、したがって右当事者からなされる確定訴訟記録の閲覧請求においても、当該訴訟におけるその点に関する公判裁判所の対応、訴訟指揮を尊重して処理すべきものというべきである。
なお申立人らは、刑事被告人には憲法上の権利として検察官手持証拠に対する証拠開示請求権があり、刑事確定記録の閲覧請求権も同様であって、刑事被告人が防御権行使の一環として閲覧請求をする場合は、公共の福祉に対する差し迫った危険がある場合を除いてこれを禁止することは許されない旨主張するが、右は証拠開示請求及び確定訴訟記録の閲覧請求についての独自の見解に基づく主張であって、当裁判所の採用するところではない。
三 そこで以上を前提に、本件確定記録の閲覧が検察官のいうように前記甲野に対する刑事被告事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがあるか検討するに、一で認定したような同人に対する起訴事実の内容、その審理の経過、状況、ことに証人乙川次郎についてはまだ検察官の主尋問の続行中であって、裁判所は申立人からの前記証拠開示の申立てに対して職務発動をしないでいること、さらに加えて、右訴訟の記録によれば、すでに同訴訟で取調べの終了した譲受人であるAの証人尋問において、同証人が右甲野を畏怖し、その面前では自由な証言ができないおそれがあるとして、被告人たる甲野を退廷させる措置がとられていること、また同訴訟においては、右Aの証人尋問のほかには、検察官申請の証拠のうち、わずかに、右甲野の覚せい剤取扱者の指定を受けていない旨の捜査関係事項照会回答書、同人の身上調査照会回答書、前科調書、前科である覚せい剤取締法違反被告事件の判決書及び公判調書の一部の各取調べ、そして同人からアドレス帳を領置した警察官の証人尋問並びに右アドレス帳の取調べが終わっているにすぎないことが認められるのであって、以上の事実を併せ考えると、現時点において申立人らに本件確定記録の閲覧を許すことは、前述の公判裁判所の訴訟指揮の内容に反し、右甲野に対する刑事被告事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれが存するものということができる。
四 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、申立人らに対し本件確定記録の閲覧を許可しなかった検察官の処分は相当であり、本件申立ては理由がないので、刑事確定訴訟記録法八条二項、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 西島幸夫)